UFOロボグレンダイザー ファンフィクション
『聖夜』




『クリスマスぐらい飾り付けしないとな』
 甲児はそう言って、大介の部屋にクリスマスツリーを勝手に飾り付けた。
 去年はまだ研究所の医療施設の中だった。小さなツリーは目にした記憶が有るが、それが何を意味するかその時はまだ理解していなかった。
 大介は自分の部屋に飾られたクリスマスツリーを眺め、小さく溜息を吐いた。
「クリスマスか……確かキリストの誕生日だと本には書いていたが……」
 大介は宇門の書斎に有った日本の文化に付いて書かれていた本を思い出していた。どうやら日本では本来のクリスマスの意味を取り違えて楽しんでいるようだった。
『大介さん、クリスマスパーティーするから、必ず来てね』
 ひかるが今日お昼に言っていた言葉だった。仏教徒であるにも係わらずキリストの生誕を祝うと言うのだ。
 だが大介は行く気になれなかった。きっとひかるは怒っているだろう。
 此処に来て二年が過ぎた。まだ華やいだ行事に参加する気にはなれなかった。特にこんな星空の夜には……
 降り注ぐように瞬く星が、フリード星で見た星空と同じで胸が痛んだ。
 フリード星にもフェスティバルは有った。人々は誰もが享楽に酔いしれていた。この日は王子で有る自分も積極的に人々の前に出て、国民達と親交を深めていた。
『デューク王子さまぁ〜』
 小さな子供までが自分の側に駆けてきて、その躰いっぱいに笑みを讃えて自分に縋った。
 ―――王家の人間であるには、それに相応しい人間にならねばならない―――父・フリード王の教えだった。厳しい父であった。親というよりも王という立場を尊厳する人で、甘えは一切許されなかった。だが、それが自分の生きる道だと悟っていた。物心付いた頃から英才教育を受け、両親の元を離れて暮らしていた。王と話すことと言えば、平和を願う国民の未来に付いてだった。―――全てはフリードの為に―――王家はその為に存在しているのだと教えられてきた。それが自分の存在理由だと疑うことも無かった。だが……
 大介は立ち上がり、窓を開けて星空を見上げた。
 大介の脳裏に焼き付いているのは国民達の断末魔―――逃げ惑う声を忘れることは無い。自分の能力を完膚無きまでに叩きのめされたのだった。自分の存在理由を完全に失ってしまった今、自分はどう生きればいいのだろう。躰の傷が癒えるのとは反対に心の闇が深まっていった。フリード星を脱出し逃亡生活を続けていた時は、何としてもグレンダイザーを敵の手に渡してはならないと言う使命が有った。だが此処に不時着し、生活に支障がないまでに躰が回復した途端、平穏な生活が苦しくてならなかった。自分の存在が罪に思えた。―――何故自分だけが生きているのか―――瞬く星の光りが躰の芯まで貫いてくように感じた。
 ―――ゆっくり時間を掛けて自分の存在理由を探せばいいだろう―――
 自分を救ってくれた宇門源蔵の言葉だった。
 ―――人の為にではなく自分のための存在理由を見つければいい―――
 父・フリード王と全く正反対の言葉だった。そんな生き方は知らない。もしそんな言葉を自分が口にしていたのなら、王に殴り飛ばされていただろう。―――自分はその為だけに生まれてきた人間―――そうだ。自分はフリード星の為に望まれて生まれた人間なのだから……
 戸惑う自分を何時も支えてくれたのは、今の父、宇門源蔵だった。彼の生き方、考え方は、フリード王とは全く違っていた。彼は自身で研究所を作り、自分の夢の実現のために日々努力していた。そんな生き方が自分には解らなかった。自分は、彼の研究には恰好の材料だった筈だ。覚悟は出来ていた。逃亡生活の間には何度もそう言う目に遭った。
 ―――地球外生命体―――それが自分の正体だ。だが彼は、自分を一人の地球人として扱ってくれたのだった。彼は必要な事は自分に何度も尋ねたが、自分が辛いと思うような事は無理強いしなかった。怪我が回復した後は研究所で半ば幽閉状態のまま力を注ぐことになるだろうと思っていたのに、彼は来たいときに来れば良いと言い、自分にこの部屋を与えてくれた。シラカバ牧場へ連れられ、息子として自分を紹介し、やりたい事をやればいいと言った。彼の真意が解らなかった。
 ―――自分はどうしたら良いのですか―――
 彼に思わず尋ねた。それをこれから探すのだと言った。自分には探せるとは思えなかった。何もないのだ。この手の中には……俯いて自分の手を見つめていると、彼が突然その手を掴んだ。
 ――一人で探すんじゃない。一緒に答えを探そう―――
 彼はそう言って微笑んだ。その言葉に目を見張った。
 どれだけ彼を見つめていたのだろうか……漸く自分が涙を零していた事に気付いた。フリード星の最後を見届けた時、涙は枯れてしまったと思っていた。だがその時、自分にはまだ流せる涙が残っているのだと悟った。
 ―――焦ることは無いのだ―――彼の励ましのお陰で今日まで生きてきた。そして突然戦いの幕は切って落とされた。まだ自分の存在理由を見つけては居ないのに……
 ―――グレンダイザーを敵に渡してはならない。あるいは、この地球の平和の為に―――過去の自分ならばそれが全てだっただろう。だが今は……
 大介は、ベランダに座り込み、星空を振り仰いだ。

「大介、どうした?」
 突然聞こえてきたその声は、今の父、宇門源蔵だった。大介は驚いて立ち上がった。
「あ、すみません。星があんまり綺麗だったから―――」
「ひかるさんから電話が有ったぞ。お前がクリスマスパーティーに来ないと……」
「すみません、だから父さんがわざわざ? 仕事が有るのに余計な手間を掛けさせました。電話を入れればよかったな」
 大介はそう言いながら部屋の中に入り窓を閉めた。
「いや―――お前が元気になって初めてのクリスマスイブだからね。たまには一緒にどうかと思ってな……」
 宇門はそう言って微笑んだ。手には小さな箱とシャンパンが有った。
「父さんも、キリスト教なんですか?」
 大介は少し苦笑した。
「ははは! そうじゃないが、日本では関係なくこの日をお祝いするんだ。不思議な習慣だな……」
 二人は笑いながらリビングへと向かった。

 テーブルにグラスを並べ小さな箱を置いた。
「これ……」
 大介は不思議そうに問うた。
「あぁ、開けてくれないか?」
 それはほんの小さなクリスマスケーキだった。
「へぇ……可愛いですね」
「クリスマスは、ケーキ屋が仕組んだ習慣だと思えるがね、それでもこうやって楽しむのも悪くは無いだろう?」
 宇門は笑いながらケーキに蝋燭を差し、火を点けた。そして灯りを消し、大介の反対側に座った。
「なんか凄く切ない気持ちになりますね。ふふふ」
 蝋燭の明かりが仄かに揺らめいた。そしてその向こう側には微笑んでいる宇門の顔が見えた。
 宇門はシャンパンの栓を軽く音を立てながら抜くと、大介のグラスに注いだ。そして自分のグラスにも注ぎ、グラスを持ち上げた。
「メリークリスマス……」
 カチン……
 合わせたグラスが軽い音を立て、二人はシャンパンを口にした。
 ―――あぁ、そうなのか―――
 大介は揺らぐ炎を通して見える宇門の顔を見て軽く微笑み、そして頷いた。

 その後二人は、取り留めのない会話を続け、シャンパンがワインに変わり、ブランデーを飲み干すほどに、長い時間会話を楽しんだ。宇門は酔うと饒舌になった。身振り手振りで宇宙のロマンを語った。大介は笑いながら時々相槌を打っていた。

 ―――自分の存在理由―――自分はなんとしてもこの笑顔を守りたい。この緑の大地を守りたい。喩え命が尽きようとも全力で守っていく。
 それが―――此処に落ちてきた自分の存在理由―――自分の生き方なのだと……
 
 
 Fin……    

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ばな〜っす