UFOロボグレンダイザー ファンフィクション
『風 優しく・・・』


「大介、すまない。朝の仕事に間に合わなかったな……」
 宇門源蔵は、養子に迎えたばかりの息子・大介に声を掛けた。どうしても大介でなければ解読できない装置の事で、朝っぱらから呼び出していたのだ。
「団さんにまた怒られるかも知れない。先に声を掛けておけばよかったな……」
 研究所ばかりでは息が詰まるだろうと牧場の仕事を与えたが、管理人の団兵衛は殊の外大介に厳しかった。
「私から電話を入れておこう。おかげで助かったよ……」
「いえ、お役に立てたのなら幸いです。では戻ります……」
 大介は宇門に向かって少し微笑み、一礼した。
「あぁ、気を付けてな」
 言葉数も少なく、あまり喜怒哀楽を表さない息子だった。未知の土地に来て知らない者達に囲まれ、それでも愚痴一つ零さず、ただ静かに微笑むだけだった。 
 少しは自分を出せればいいのだが、と宇門は少々不憫に思う息子の後ろ姿を見送った。

「遅くなってしまった……また怒られるんだろうな」
 大介はオートバイに跨りながらも溜息を吐く。オートバイのアクセルを吹かすと慌てて牧場に向かった。
 牧場の仕事に中々慣れず、その度に怒鳴られ戸惑うばかりだった。それでも動物たちに囲まれての生活は今までの事を思えば天国の様に幸せだった。何も不満は無かった。ただ風のように空気のように過ごすことが大介の全てだった。
 
 オートバイの音を高らかに響かせながら大介は白樺並木を突っ走った。
「え?」
 道の真ん中で微かに動く物が目に留まり、慌てて急ブレーキを掛けてハンドルを切った。突然のブレーキとハンドル裁きにタイヤが滑り、大介はオートバイに跨ったまま大木にぶつかり横転した。
「つぅ……」
 派手に横転したおかげで体のあちこちが痛んだ。だが大介は起きあがり、小さな蠢く物に向かって走った。
「なに? 動物?」
 大介は蹲り手を添える。
「ウサギだ……」
 それは大介の手の平に納まるほどの小さい茶色のウサギだった。
「怪我をしている……」
 大介は抱き上げ、ウサギの傷の具合を確かめた。
「これは酷い……野良犬にでも襲われたんだろうか……」
 ウサギの腹部の毛は血まみれで子ウサギは大介の手の中でぐったりとしていた。
「早く手当てしないと」
 大介はベストを脱いでウサギをくるみ、慌てて牧場に向かって走った。団兵衛に手当をして貰おうと思ったのだ。

「大介さん、遅かったじゃない。何かあったの?」
 牧葉団兵衛の娘、ひかるが声を掛けた。
「ひかるさん、すまない……おじさんは?」
「お父さん、出掛けたわよ。きゃぁ! 大介さん、血まみれじゃない」
 ひかるは声を上げた。
「そうなんだ。何とか手当してやらないと……おじさんは居ないのか……ひかるさん、出来る?」
 大介はベストに刳るんだウサギをひかるに見せた。
「え? これ、子ウサギじゃない。どうしたの?」
「道で蹲ってたんだけど、酷い怪我なんだ。早く手当てしないと……」
「こんな酷い怪我、私じゃ無理よ。お父さんも暫く帰ってこないし……困ったわ」
「じゃぁ、父さんに見て貰おう」
 大介は踵を返して走り出した。
「え? 大介さん!」
 ひかるは驚いて声を上げたが大介はウサギを抱えたまま走り去っていった。

「頑張れ! 父さんなら助けてくれるから……」
 大介はウサギに負担が掛からないよう胸にそっと抱きしめ、出来るだけ早く走った。膝が痛んだ。だが今はウサギの方が気がかりだった。

「研究所ってこんなに遠かったっけ?」
 近道を通り、少しでも早く源蔵に診て貰おうと気持ちは焦る。だが足が思うように動かなかった。

 研究所の玄関まで来ると大介は立ち止まって息を整えた。
「はっはっ……」
 そしてまた勢いよく観測室に向かって走った。

「父さん!」
 唐突に大声で大介が呼んだので、宇門は面食らった。大介がこれ程大声を上げるのは初めてだった。
「大介、そんなに慌ててどうしたんだ?」
 胸に何かを抱え、体を折り曲げて呼吸を整えている大介を見て驚いた。
「大介、どうしたんだ? その怪我……」
「野良犬にでもやられたんだと思うんです。父さん、診てやって貰えませんか?」
 大介はベストに刳るんだ子ウサギを宇門に差し出した。
「え?」
 宇門は驚きつつも子ウサギを覗き見た。
「助けてやって下さい。お願いします」
 大介は必死で宇門に頭を下げた。
「大介……」
 宇門はウサギを受け取ると、懸命に頼む大介を見て少し微笑んだ。
「解った。だがその前に、お前の傷を診よう……血まみれだぞ」
「え?」
 大介は漸く自分が怪我をしていることに気付いた。ズボンが破れ膝からドクドクと血が流れていた。ウサギを抱えていた腕も血まみれだった。
「気付かなかったのか?」
「――すみません。でもなんとも有りませんから……ウサギを診てやって貰えませんか?」
「私としてはウサギより、お前の傷の方が気になるのだが……」
「お願いです、この子を助けてやってください……お願いします」
 必死で頭を下げる大介を見て、宇門はまた微笑んだ。
「解った。診察室へ行こう。歩けるかね?」
「大丈夫です」
 大介は即答したが足が動かなかった。
「大介さん、肩を貸しましょう」
 声を掛けたのは佐伯だった。
「すみません……」

 大介はウサギの治療が先だと頑なに自分の手当を拒んだ。
 ウサギの治療が終わり大丈夫だと説明を受けると、大介は漸く大人しく診察台に上がった。
「結構深いぞ」
 宇門は傷口を広げ消毒を施す。
「うぅ…うう……」
 大介は痛みに耐えきれず声を上げた。
「全く……こんな怪我をしているのに牧場から走ってくるなんて、馬鹿なヤツだな、お前は……」
「――すみません」
「ひかるさんから大丈夫かと驚いて電話が来たぞ」
「すみません……元気になったら連れて行きますから」
「馬鹿……お前の事を心配しているのだぞ」
 大介は驚いて顔をあげた。
「怪我してるのにウサギを抱えて走っていったと心配してるんだ」
「すみません……」
「お前は何かというと、すみませんばかりだな……」
「す……」
 大介は口を押さえた。
「お前があんなに必死で慌てているのを初めてみたよ」
 大介は俯いてはにかんだ。
「少しでも感情を出せたのならウサギに感謝せねばな。ふふふ」
 大介は宇門に笑われて少し赤面し俯いた。

「大介さん、大丈夫ですか?」
 観測室で山田が源蔵に声を掛けた。
「あぁ、漸く自分の怪我の具合が分かったらしく、今は疲れて横になってるよ」
「ふふ、そうですか……結構出血してましたからねぇ」
「なのにウサギの方が大事だったんですか……大介さんらしいですね」
 林が笑った。
「あの時、大介が通らなければウサギは死んでいただろうね。結構深い傷だったよ……内蔵にまで及んでたからね」
「そうでしたか……」
「あいつがあんなに感情を露わにするなんて初めてみたよ。なんだかウサギに嫉妬しそうだねぇ……ふふふ」
 宇門は、椅子に深く腰掛けた。
「でも懸命に所長に頭を下げている大介さんは、本当に所長を信頼してる様に見えましたよ」
 佐伯の言葉に宇門はゆっくりと微笑んだ。

 窓から見えるしらかばの景色は、新緑が輝き、優しい風が草の香りを運んでくる。
 大介は、小さなカゴの中で眠るウサギを眺め、そして片足で窓際に立つと外の景色を眺めた。
「僕は、生きているのか?」
 大介は自分自身に問いかけた。
 その答えはまだ見つかってはいない……


 fin……

 
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ばな〜っす