―――4―――
ルナ・アストロ・スペイザーは、一路地球を目指していた。
なつかしい宇宙科学研究所が、緑の沃野の中に見えてきた。
研究所はもはや稼動してはいなかったが、その基本的な性能だけはよく維持されていた。
ずぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜ん
腹にこたえる音と共に、ルナ・アストロ・スペイザーは、その巨体を研究所のポートによこたえた。
そこから宇門邸まではすぐなのだが、宇門は1人の熟練パイロットとともに一旦小型艇に乗り換えた。
機体はすぐに浮上し、そしてほどなく宇門邸が見えてきた。
まだ遠くの方にみえる庭に、誰かがたたずんでいる姿が目に飛び込んできた。
「あれだ…………… 」
「着陸します」静かに機は着陸態勢を取り、降りていく。
視界に、機からかなり離れてこちらを見つめている、水色のワンピースを着た少女の姿が写った。
「私達は、研究所の方に泊まらせていただきます。いつでもお迎えにまいりますので連絡をしてください」
パイロットの声が聞こえてくる。
「ああ、ありがとう。 皆によろしくな」宇門は礼を言った。
「それからこれを。総司令からです。 美しいお嬢さんに歓迎のあいさつをということです」
機は宇門を地面に降ろして、上昇を開始した。
宇門はそれを見送って、そして少女の方を振りむいた。
少女が、かけよってくる。 髪がふわりと風になびいた……
宇門の2,3歩手前まで来て、そして立ち止まった。
美しい少女だった。すらりとして、少し背が高く、父と同じ色の髪がやさしげに肩にかかっていた。
そして、その目は。 それは父の目とそっくりの美しい蒼の色をたたえていた。
少女はにこっと笑った。
「おじいさま?」
おお、その笑い方は… 笑うとさらに雰囲気が父にそっくりになった。
よく、似ている… 宇門の胸に震えが走った……
「セシリアかい? 」
宇門は近づき、その顔にそっと手をふれた。
「よく… 本当に、よくきてくれたね…… 」
そうしてそっと抱きしめる。
「おじいさま…… 」
しばらくして、宇門は言った。
「さて、では中に入ろうか。久しぶりの我が家だな」 にっこりしていう。
少女も笑いながら、一緒についていく。
これを、もらってきたよ。と宇門は地面から特大のバスケットを持ち上げて運んだ。
「総司令からでね。 美しいお嬢さんに食べてほしいそうだ。
地球の食事は大丈夫なんだろう? 」
ウインクしながらいう。
少女も、ふふっ と笑いながら答える。
「ええ… 大丈夫よ。あら、おいしそうなごちそう……
フリードでも結構地球風の食事を食べてたのよ。
お父さまやマリアおば様が懐かしがって喜ぶものだから、特にね。
でも、マリアおば様がたまに作ったりするのだけど、あれはいただけなかったわ…… 」
「…………私も大介も、マリアちゃんに料理は教えられなかったからねえ。
気が利いているだろう。ワインまである。だけどジュースの方がよかったな。
きみはまだ未成年だから飲めないしね… 」
「美味しそうだわ。 私、少しだけ飲みたいな… わあ、きれいなお花まで入っている。
総司令って、きっと素敵なおじ様ね」
宇門は普段はにが虫をかみつぶしたような顔で、にこりともせず、皆から恐れられているバルディナス総司令の顔を思い出した。
「ふ〜〜〜む、あいつにこんな気の効いたところがあるとは意外だったな。
小技が効いてるじゃないか…… 」
宇門はひとりごちたのだった。
―――5―――
日は傾きかけており、最後のやさしい残像を残そうとしていた・・・
とりあえず先に食事をしようということになった。
2人仲良くテーブルをセットして花を飾り、せっかくだからと、そなえつけのランプをつけ、ろうそくを灯し、雰囲気を出した。
ご馳走をならべ、ワインをあけ、セシリアのグラスには、少しだけワインをそそいだ。
秋の気配を漂わせ、少し肌寒く感じられる高原は、窓を開け放つと涼やかな風を送り込んできた。
‘乾杯’ 2人並んで丸いテーブルにつき、カチンとグラスを合わせる。
セシリアの姿をみながら飲むワインは、極上の味がした。
「みんな元気でいるのかい? 」宇門は聞いてみる…
「ええ、お父さまもおば様もとても元気よ… 」セシリアは答える。
「フリードも順調に復興していってるわ。
まだまだ苦しいことは多いのだけど、でも、みんな希望があるから…… 」
「ようやっと、生活を楽しめるところまできたって。
私は王宮で暮らしていたから、生活の苦しさまでは本当はわからないんだけど…
もっとも、皆にいわせると、うちほど貧乏暮らししている王宮ってないそうなんだけど…」
「あはははは、そうか……… 貧乏暮らしなのか」 宇門は笑い出した。
「笑い事じゃあないわ、おじいさまったら…
私だって、ドレスもろくろく買ってもらえなかったし…
つきあいだってあるのに…
はずかしかったんだから… 」
セシリアは、ちょっと唇をとがらせた。
「でも仕方がないのよ」 少ししょんぼりとしてセシリアは言う。
「フリードは人口がものすごく少なくなってしまったでしょう?
でも防衛費だけは、よそと同じにしとかないといけないのだもの。
ううん、最初は何もなかったから他の星よりもたくさんいっていたの…
一通りの防衛ラインを敷くまでがすごく大変だったってきいてるわ。
それがないと、安心して皆がくらせないのですもの。
ヴェガ本体は滅んだけど、すべてが滅んだわけではなかったから…
グレンはあるけれど、お父さまだけで戦うというわけにもいかないことだってあったし…
何とか私たちが暮らしているところが、平和をとりもどすまでいろいろあったの。
ようやっと安心してくらせるようになったのは、ここ10年くらいなのよ」
「そうなのかい。まだこちらに来れていた頃も、大介は心配かけまいとつらいことは言おうとしなかったからなあ」
宇門は少しため息をついた。
「もっと愚痴をこぼしてくれてもよかったんだがね」
「お父さまって、やさしそうな顔してるけど強情我慢なんだって、マリアおば様がいってたわ」
「なるほどね。そのとおりだね」 宇門は笑った。
宇門はセシリアの語る話をとても楽しそうに聴いていた。
それは… 自分でもそのようなものがあるとは気づいていなかった、宇門の心の隙間を埋め、渇きを癒したのだった。
そして夢のようなやさしい時間はまたたくまに過ぎていった。
―――6―――
食事が終わって、2人は静かに高原を見ていた。
2人とも満ち足りた気持ちで、沈黙が心地よかった。9月の風がさわやかに吹き抜けていく。
「もっとワイン飲みたいな…」 セシリアが恐ろしいことを言う。
「セシリアはいくつになるんだい? まだ15にはいってないだろう。
その年で酒が好きになってどうするんだい」 宇門はおかしそうに言った。
「この前13になったわ。もう大人よ。
少しくらい大丈夫だと思うんだけど… 」
セシリアはそれがくせなのか、ちょっと唇をとがらせた。
「13で大人はおそれいるね。そんなに早く年を取ってどうするんだい?」
「だって、マリアおば様なんか14でドリルスペイザーに乗って大活躍してたんでしょう?
私だって…」
セシリアは、若いからなのか、かなり向こう見ずなところもあるようだった。
『マリアちゃんの血もひいてるからな』
宇門はそっと、セシリアの顔を見やりながら思った。
「まあ、マリアちゃんの場合はね…」 思い出すように宇門はつぶやいた。
「本当はそんなことはさせたくなかったんだよ…
それに、ドリルスペイザーとワインでは少し話が違いすぎるように思うがね」
宇門は微笑みながらいった。
「ばれた?… 」セシリアはペロッと舌を出した。 「だってこのワインすごくおいしいんだもの…」
・・・・・後少しだけだよ・・・ 宇門は甘やかすようにいって少しだけワインを入れた。
そして残りを全部自分のグラスにあけた。
「あっ、おじいさま、ずるいわ。 それに飲みすぎると体に悪いわよ… 」
「大人はいいんだよ。それに私は老い先短いのかもしれないんだからね。
こんな気持ちのよい晩は少し飲みすごしてもいいんだよ」
セシリアは宇門の顔を見た。そして本当にここに来てよかったと、あらためて思ったのだった。
「お父さまからのメッセージがあるのよ。今見る?」
宇門は少し考えて、そして頭をふった。
「いや、やめておこう…… 明日見るよ。
今見ると、眠れなくなりそうだからね。
今日はいい夢が見れそうだから、このまま眠りたいね…」
「そうね… いい夜だわ…」
空を飾る星がやさしくまたたいていた…
―――7−1―――
さわやかな朝だった。
宇門源蔵はあまり覚えのない幸せ心持ちで眼をさまし、靄のかかった頭でしばらくじっとしていた。
何かとてもよい夢を見た… そんな気がして珍しく起きるのがもったいなかったのだ。
それからあたりを見まわした。
何かがいつもとは違う気がしたのだ。
そしてそこが見慣れた基地の宿舎ではなく、めったに帰らない自宅であることに気づいた。
宇門ははっきりと目覚めた。
そうだ、帰ってきていたのだった……
宇門はつぶやく。
ああ、そうだ、あの子だ… セシリア……
あれは本当にあった事なのだろうか。 あの夢のようだった楽しい一夜は……
半ば疑いながら起き上がって窓を開け、新鮮な空気を入れた。
見あげる9月の空は、どこまでも澄み、深くすい込まれそうな青い色をしていた。
一通り身じまいを終えてタオルで顔を拭いていると、そこにコンコンと戸をたたく音がした。
「はい?」
「おじいさま、お目覚め? 入ってもいい?」
どうやら、夢ではなかったようだ…
セシリアが入ってきた。いかにも若い子らしくいきいきとして、そして朝露のように美しかった。
宇門は少し眼を見張った。
彼女はちょっとはにかんだ様子で、宇門のそばまでやってきた。
「朝食を通いの人が持ってきてくれてたの。 おじいさま、手配してくれてたのね。
早く一緒にたべましょう。 私、お腹すいちゃった」
宇門は笑みをこぼした。
「はは…… 少し寝過ごしてしまったな。 待ってくれ、すぐに着替えるよ」
「そのままのかっこでも大丈夫よ…」
「こらこら、きれいなレディの前だからね。少しはかっこをつけさせておくれ」
セシリアはくすっと笑って、下で待っているわ、といって先に降りていった。
宇門はパリッとしたカジュアルな服に身を包むと、朝食の席についた。
「おじいさま、素敵よ…」フフフ、とセシリアは笑った。
セシリアと一緒だと、ただの朝食も華やいで豊かに見えた。
朝食を食べ終え、2人とも満足しながらセシリアが入れたコーヒーを飲んでいた。
そうして、宇門はセシリアに事情を聞くことにした。
セシリアは飲んでいたコーヒーカップを、静かに下に置いた。
彼女は話を始め、それを要約すると次のような事のようだった。
銀河系と、フリードのあるヴェガ星系を含むアンドロメダ銀河との間の往来は、広大な暗黒の宇宙を超長距離ワープの繰り返しで渡らなければならなかった。
その暗黒の宇宙空間に障害が起きていることは、以前宇門は大介から聞いていたのだったが。
いわばブラックホールを薄く広くしたよう星域が、銀河同士の間の暗黒の宇宙空間に急激に広がったのだという。
それはブラックゾーンと呼ばれていた。
暗黒の宇宙の巨大な暴風雨、台風ともいうべき存在であるらしい。
広大な宇宙では必ずしもとても珍しいというものではないのだが、今回のそれは非常に困ったところに発生しており、規模も自然に収束するのを待つと数百年の単位を要するであろうと思われたのだ。
暗黒の宇宙を渡るワープ航路は、ポイントとなる宙域同士が厳しい条件をクリアして結ばれている。
メインの航路は何本もあり、すべて閉ざされるような事態は、これまでにはなかったことだった。
だが今回、メイン航路はすべてブラックゾーンの影響下にあり、それを使うことは事実上不可能だった。
銀河系に関わりのある星にとって、それは非常に憂慮すべき事態であった。
―――7−2―――
ブラックゾーンはゆるやかに、しかし確実に勢力を増していた。
その広がりは特に銀河系に向けて顕著だった。
成長の最終的な形態についてはさらに研究が進められ、時間はかかったが予測がついたのだった。
だがその予測は、アンドロメダの人類を蒼白にさせた。
このブラックゾーンは、通常のものと違い、ある成長のポイントを超えると、その成長が加速度的に拡大していくという結果が出たのだ。
1〜2世紀のうちには銀河系とアンドロメダに致命傷を与えかねない、最悪には銀河系の消滅という事態すら招きかねない、
今までにない非常にたちの悪い巨大なものになるであろうと判明したのだった。
そしてその急激な拡大期に移るターニングポイントは、早ければ数年のうちにくるという。
なんとしても、それだけは阻止せねばならなかった。
幸いにも、ヴェガとの闘いの傷跡はかなり癒えてきていた。
形は違え、ヴェガに制圧あるいはほとんど滅亡寸前にまで追い込まれた、同じ苦しみを背負う星同士であり、共通する危機に対しては協力する態勢が整ってきていた。
かなり余力を残していたルビー星などを中心に、プロジェクトが立ち上げられた。
時間はあまり残されていなかったが、必死の共同研究の結果、幸いにも何とか方策がみつかったのだった。
ブラックゾーンの消滅は無理だが、緩やかな拡大から急激な拡大への移行をを阻止することは、何とか可能なようだった。
そうすれば、通常のブラックゾーンのようにゆるやかに拡大し、巨大化はおこらず数世紀のうちには消滅していくだろう。
うまくすれば、その勢いを止めあるいはゆるやかな縮小の方向に誘導する事が可能だという。
だが、そのためにどうしても必要なものがブラックゾーンの正確で詳細な情報だった。
特に活動の激しい銀河系の側の情報が必要不可欠だったのだ。
どうしても銀河系の側に渡らなければならない。
だがメイン航路が閉ざされている今、残されている方法はただ1つしかなかった。
それは、転送、という方法であった。
ヴェガ大王軍が地球近くに現れたのはこの方法による。
だが現在、それはヴェガ星の爆発あるいは滅亡により、以前とは異なり非常に困難な方法になっており、危険と莫大な費用と大変な準備が必要であった。
それは不可能ではないにしても、通常に使える手段ではなかったのだ。
星々が結束して事にあたっても、その準備には約1年を要した。
その間の情報の空白はなんとしても避けたいところだったが、埋めることは不可能なことのように思われた。
「それがね… 」
「方法があったのよ… それもフリードに」そう言って、セシリアはちょっとため息をついた。
―――7−3―――
「実はね、迂回路がみつかったのよ」
セシリアの説明によると、危険であまり調査が行われていなかった星域が、ブラックゾーンにかからない航路を見つけるために、ずっと探査されてきていたのだという。
犠牲も随分出しながら、それでも見込みがありそうなルートが、1つだけみつかった。
だがそのルートには、大きな欠陥があった。
狭すぎるのだ。
通常の超長距離ワープのできる大きさの船では、渡れなかったのだ。
技術のブレークスルーがあれば、将来的には可能性があるが、そのままでは役に立ちそうにはなかった。
「だけどね。 そこが通れるほど小さくて、丈夫でワープができる船がただ1つだけあるのよ…」
宇門は驚いて言った。
「まさかそれは…」
「そうなの。 それ私の船なのよ」セシリアは少し困ったように言った。
「私の船って、信じられないくらいに頑丈なのよ。超長距離のワープに耐えられるほどに。
私が生まれたときに、お祝いに私のために作られた船なのだけど、最初はごく普通の小さな船の予定だったのよ」
そしてセシリアは彼女の愛船『シロ』の生い立ちを話し始めたのだった。
※おまけの話 1
―――7−4―――
セシリアは続ける。
「えーーと…… どこまで話したかしら…
そうそう、私の船の話ね。
普段に使うのには何の問題もないわ。性能のいい頑丈な船、という程度のものよ。
でも迂回路が見つかって、この船なら通れるかもしれないというので、超長距離用のワープをつけて調整している最中だったの。
それが…… 」
セシリアは唇をかんだ。
少し疲れたのか、ここで休んで冷たい水を飲んだ。
ふうっと息をついで、眼をきっとあげた…
そういったなにげない仕草が父によく似ていて、宇門はつい微笑んでしまうのだった…
フリードでも、このことについては内密に議論がつくされた。
安全性も確認されていないのに無茶だ、という意見もあった。
だがリスクがあるとはいえ、おそらくは安全にそして費用もほとんどかからずに行ける船がフリードにあるのに、なにもしないわけにはいかない、という意見が大勢をしめた。
機材を放出し、変化の激しいところからの最低限の情報を取って蓄積するだけだなら、
小さい船のコンピュータでも間に合うようだった。
セシリアが言う。
「必要なことは船のブレインが自動でしてくれるの。だけど、誰かが行く必要があったのよ」
「ただね、私の船はもともと設計されたとき、私の専用機としてつくられたものだったから、グレンと同じで乗れるのが王家の人間だけに限定されてしまっているのよ。
それに船が小さいからブレインも小型なの。
ワープをする時はリスクが跳ね上がるものだから、運べる人間は1人が限界なの。
乗れる人は皆、お父さま、おば様を始めフリードにとって失うわけにはいかない人ばかり」
「だからね… 私が行くって言ったの。
私は第三位王位継承者だから、たとえ何かあったとしても、フリードにとっては大事にはならずにすむわ。
それに私の年になると、王族はだいたい他の星に留学することになっているから
いいわ… って思ったのよ」
セシリアはちょっと唇をかんで言葉を切った。眼をふせ少し言葉がとぎれる。
「本当はお兄さま方が、それぞれ自分が行くっておっしゃっていたのだけれど、それはフリードにとってもよくないしお兄さま方もかわいそうだわ…
長い間、連絡もとれないのに、こちらにこさせることはとてもできない…」
※ お兄さま方というのはマリアの2人の息子のことです。セシリアとはいとこにあたります。
彼らがフリード第一、第二、王位継承者です。
宇門は立ち上がってセシリアの肩に手を置いた。
セシリアはゆるく頭を振った。
そして宇門を見あげた。
「でも、ただそれだけのために地球に来たわけではないのよ。
私、地球にものすごく興味があったの…
それにね… 私、おじいさまにとても会ってみたかった…」
思わず宇門はにっこり笑ってしまったが、少し顔を引き締めた。
そしてセシリアに言った。
「セシリアの船ならいつでも行き来できる、というわけでもなさそうだね。
何が問題なのだね」
「さすが、おじいさま。どうしてわかるの?」
「君が、お兄さん達がこちらに来ても、連絡が取れなくなるといったからだよ。
船が行き来できるのなら、連絡くらい取れるだろう?」
セシリアはうなずいた。
「そのとおりよ。
実はあの迂回路は、もうじき通れなくなってしまうの。
周期があって、私の船でも通れない狭さになってしまうのよ。
もう一度安全に通れる大きさになるのは…たぶん、5年後なのよ。
だから、それまでは…… それに…その時に確実に通れるという保証はないの」
セシリアは、うつむいてしまった。 じっと何かをこらえるように、肩がふるえた。
少し涙がこぼれそうになる。
「セシリア…… 」宇門は胸が一杯になって、セシリアを抱き寄せた。
セシリアは頭を宇門の胸にうずめ、しばらくそのままでいた…
「ごめんなさい、もう大丈夫よ。 今からもうホームシックね、恥ずかしいわ。
自分が決めたことなのにね。
お父さまやおば様の昔のことを思ったら、これくらい何でもないことなのに…」
「無理もない。きみはまだ13歳なのだ。
あまり何でも、1人で背負い込みすぎたり我慢しすぎるのはよくない…」
「そういえば、君のお父さんもそうだったがね」宇門は笑った。
セシリアの顔にも笑顔がもどってきた。
「ふふ、ほんとうにそうだわ…
でもお父さまったら、自分のことは棚にあげて、おじいさまと同じようなこと言ってたわ…」
「それはずるいな… 」
2人は顔を見合わせて笑った。
「でもね…
確かに皆にあえないのは寂しいのだけれど、ここで生活するのはすごく楽しみでもあるのよ。
おじいさまもいてくれるし、セシリアはとてもうれしいわ…」
―――8―――
(Reeさん&fuyuko)
宇門はセシリアから小さな小箱を受け取った。
「父からのメッセージよ」
その言葉に宇門は少し眼を瞠った。
もう二度と会うことは叶わないと思っていた。諦めていた。だがその姿を見ることが出来るのだと思うと、宇門は思わず手でその小箱を握りしめた。
「では早速……」
宇門はセシリアに微笑むと地下室へ向かった。
「上手く読み込めると良いんだが……」
宇門は小箱から、小さな記憶装置を取り出し解析システムに挿入する。暫くシステムと格闘していたが、やがてにっこりと微笑んだ。
「これなら何とかなりそうだよ」
「良かったわ。見れなかったらどうしようと思っていたの……流石おじいさまね。うふふ」
セシリアは口元に手を当ててウインクして笑った。
「今、地球のシステムで読み込めるようにデータを変換中だ。これで何とか映像が見れるよ」
宇門は待ち時間の間、スクリーンの前に椅子を二つ並べた。
ピン!
システムが変換完了の合図を告げた。宇門はその音が殊の外大きく聞こえた。
(Reeさん)
はやる気持ちを抑えつつ、宇門はキーボードに幾つかのコマンドを打ち込んだ。
「さぁセシリア、お座り。始まるよ。ふふふ」
宇門はスクリーンに映る映像を眺めた。しばらく黒一色の画像が流れたが、急にカラフルな色に変わった。
「まるで昔見た映画の様だね。ふふ」
宇門はともすればこみ上げそうな気持ちを必至で抑えるように言葉を発し、小さなキーボードを持ってセシリアの隣の椅子に座った。
スクリーンには絵に描いたような綺麗な風景が映し出された。
「おじいさま、停めて!」
「え?あぁ」
セシリアの声に宇門は慌ててキーボードを打った。映像が停止する。
「おじいさま、フリード星よ」
「ほぉ、中々美しい星だね。緑豊かな星なのだね」
「まだ木も生えていないところが有るの。それでも此処はお父さまが少しでも植物を増やしたいからって……」
「大介は自然が大好きだったからね。地球に良く似ているよ」
「うふ、その言葉、お父さまが聞いたらお喜びになるわ」
「え?」
「だってこの場所、しらかばの森と名付けられているのよ」
「え?そうなのかね」
「此処はお父さまが一番好きな場所なの。時間が有れば何時も眺めているわ」
「……」
セシリアの言葉に宇門は胸が熱くなった。大介は忘れていなかったのだ。
いや、忘れるどころか離れていても今でも地球をいや、このしらかばの大地を愛しているのだ。
セシリアはスクリーンを見つめて微動だにしない宇門の変わりにキーボードを打った。
「おじいさま、まだ始まったばかりよ、ふふふ」
セシリアの笑顔が大介の笑顔と重なる。宇門はゆっくりと微笑んだ。
「ほら、これが王宮……フリード星のシンボルね。此処でお父さまは仕事しているの」
「凄く立派な建造物だな」
「此処でフリードの国政を司ってるの」
「ほぉ……」
映像は建物の中を映し出しながら進んでいった。
暫く眺めていると、綺麗に手入れされた庭園が映し出された。そこで映像が止まった。セシリアがキーボードを打ち込んだのだ。
「此処が王宮のパティオ。綺麗でしょう」
「あぁ、手入れが良く行き届いているね。ふふふ」
「庭師は父よ」
「え?王自らかね?」
「そうなのよ。お父さまったら休憩時間には此処でハサミを持って手入れしているのよ。従事の人達にも呆れられてるわ」
「ははは!大介らしいね」
「まぁでもお仕事が忙しくなると手をいれられないから、その時は一番信頼している庭師にお願いしているわ」
宇門は笑っていた。
映像は再び動き始めた。
映像の奥に人影が見えた。その人影は段々大きくなって映し出された。
男は撮影されているのに気付かないのか一生懸命庭木の手入れをしていた。
「あ……」
宇門は一言声を上げた。
『お父さま〜』
映像からセシリアの声が聞こえた。
男がゆっくりと振り返る。その顔には懐かしい笑顔が見えた。
「――
大介」
宇門は瞬きも忘れて小さい声で呟いた。
『セシリア、もしかして私を撮影しているのかい?』
懐かしい声だった。以前よりは低音になっていたが、それでもその抑揚は以前と変わりなかった。
『うふふ、おじいさまにお父さまの本当の姿をお見せしたいと思って』
『え? ば・馬鹿!こんな姿を見たら、父さんががっかりするだろう!』
『いいじゃない。堅苦しい格好のお父さまより、そうやって庭いじりしているお父さまの方がセシリアは大好きよ。うふふ』
『こら!親をからかうもんじゃ無いぞ!』
大介は腰に手を当ててセシリアに意見した。
映像はそこで一度途切れた。
「あっ……」
宇門は思わず声を上げた。もっともっと大介の姿を見ていたかったのだ。その声にセシリアは映像を停止した。
「大介……元気そうだな……相変わらずお前は……」
宇門はその後の言葉が出なかった。セシリアにハンカチを渡されて漸く自分が涙を流していることに気付いた。
宇門は少し照れながら微笑み、ハンカチを受け取った。
「……大介は、昔のままだね。少し落ち着きが出たが、それでもあの笑顔……昔のままだ。あの優しい眼が当時もとても愛しいと思えたよ」
「お父さまが、こんな事をしているとおじいさまに笑われるから、消してくれって言ったのよ。でも言う事聞いてあげなかったの。うふふ」
そしてセシリアは再生のスイッチを入れた。
※おまけの話 2
(fuyuko)
一通りのにぎやかな紹介が終わった。
大介やマリアの懐かしい姿は、別れた時とほとんど変わってはいなかった。
楽しそうな2人の家族やまわりの人々の様子に、宇門は胸が暖かくなっていた。
そうしてしばらく白い画面が続き、そして切り替わった。
さきほどのにぎやかな映像とは打って変わって、そこには静かにたたずむ1人の男がいた。
スクリーンの男が口を開いた。
深く優しい、そして何より懐かしい声だった。
「父さん・・・ 元気ですか。
とても長い間連絡が取れなくて心配だったのですが、甲児くんもいてくれるので、
余分な心配はしないように気をつけてました。
僕の悪いくせですのでね。
ただ、父さんが寂しい思いをしているのではないのかと、それだけが気がかりだったのです。
ブラックゾーンのせいで地球と切り離されてしまったのは、僕とマリアにとって、
何といっても悔しく残念で寂しい事でした。
2度と地球に行けない、とは思いたくない。
いつかはまた、父さんや甲児くん達に会える日がきっとくる。
そう信じてきました」
「僕の代わりにセスがそちらへ行きます。
父さんにはまた負担をかけてしまいますが、セシリアを、セスをよろしくお願いします。
僕によく似ているのですが、少しマリアの血も引いているようで、今回のように思い切ったことをしでかすことがあるので、また父さんに苦労をかけてしまいそうな気がするのですが」
此処で、聴いていたセシリアはちょっと不満そうに鼻をならすようだった。
「万が一何かあった時は… その時は…… 覚悟していますから。
地球に迷惑をかけるつもりはありません。
セシリアもフリード王室の一員ですから…」
デュークは、言葉を止めた。そうして暫く黙っていた。
それから彼は少し悲しそうに微笑んだ。
「もう、一度だけでいい。
僕は、父さんに会いたい… 会って、顔を見たい、話がしたい…
いつか、必ず地球に行きます。
だから、それまで父さん、どうか元気でいて下さい」
映像が終わった。
「これで終わりなの。もっとたくさん取りたかったのだけれど、これが精一杯だったの」
セシリアが残念そうに言った。
宇門はじっと何も映らなくなったスクリーンを見ていた。
彼は思い出していたのだ。
遠い空の向こう・・
この空の向こうに、と思いながら見上げていた空の色のことを。
なぜかすいこまれそうな深い蒼穹の空が広がる時、宇門はつい眼がそちらを向き、ふと胸が苦しくなっていたのだった。
じっと動かない彼の肩を、セシリアがそっと後ろから抱いた。
「おじいさま、お父さまに会いたいのね」
少し悲しそうにつぶやいた。
「ごめんなさい… お父さまを連れてこれなくて… 」
「ああっ…………… 」
宇門は、眼を瞑り、じっと胸にこみ上げてくるものを耐えていた。
だがしばらくして、彼は眼を開けセシリアを見た。
セシリアの頭を愛しそうになで、そうして彼はにっこり笑った。
「心配をかけたね、セシリア。 もう、大丈夫だよ。
年をとると涙もろくなっていかんな。
私にはこれで充分だよ。大介が元気で幸せに暮らしているところを見ることができたのだから。
それに… おまえが、ここにいてくれる。 望外の幸せだよ」
「おじいさま…」
セシリアは宇門の胸に飛び込んだのだった。
こうして、SC特殊支援潜行チーム筆頭 宇門源蔵博士と、フリード第一王女セシリア・フリードの愉快で破天候な共同生活が、始まることとなったのだった。
―――終―――
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